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教育フォーラム その2 齋藤眞人先生


教育フォーラムレポート その2

7月30日に久留米大学御井キャンパスで開催した教育フォーラムレポート第2回目です。

前回は、明蓬館高校の日野公三校長のお話をレポートしました。今回は、立花高校の齋藤眞人校長のお話をレポートします。

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~齋藤先生の自己紹介と立花高校の紹介~

私は、宮崎生まれで、宮崎で14年間中学校の教員をしていました。その14年間というのは、がちがちの生徒指導をしていて、竹刀を持ち生徒の前に立ち、怒鳴り散らす。そんな指導をしていました。教科は音楽。吹奏楽部の顧問で、吹奏楽部というのも一歩間違えれば宗教団体かと思われるようなスパルタな指導をしていました。

14年前にご縁があり、立花高校に参りました。立花高校というのは、一言で言うと「名前さえ書けば受かる学校」です。「名前さえ書けば受かる」というところが我校の真髄でもある深い部分です。

入試の日は、大半は親子で来られます。お子さんが「〇〇中学校〇〇です。」と言った時、お母さんが、書き崩れられるので「どうされましたか?」と尋ねると「2年半ぶりに娘と外出をしました。この子の制服姿を2年半ぶりに見ました。私は、もうこれで十分です。」と言われました。あの姿を見たら不合格なんて出せません。そんな子供達をなんで合格と不合格の色分けせないかんのやと思います。試験が始まり大半の子は、名前を書きます。名前を書かんのもいます。すぐ保護者控室に行き「今、試験始まりました。お子さん方、一生懸命名前書いてありますよ。」そう言うとお母さん方、一斉にバックからハンカチを出して泣かれます。

「名前さえ書けば受かる」と馬鹿にする人もおれば、「この子達は、頑張って名前をかきよる」と言って泣いている人もおる。事実はひとつなんですね。この子が、「入試に来て名前を書きよる」というそのひとつの事実が、大人の解釈ひとつで180度変わります。この子達がどうなのかではなく、我々の解釈ひとつなんだなと気付かされてもらえる学校です。「名前を書けば受かる」と馬鹿にする大人ではなくて、その子の置かれた背景に、目が向けられる大人が増えていくだけで、社会全体が変わるのではないでしょうか。評判も悪い学校でしたので長年、生徒数も少なく苦労した時期もありましたが、今定員をオーバーするくらいになりました。

元々本校は、全日制普通科の学校なんです。ここが、すでにミスマッチなんです。学校に行き辛かった子達を、従来型の学校の形で受け入れる訳です。もっとおおらかな形の方が生徒には合っているんじゃないかという違和感を感じますが、全日制普通科でもこういう事ができるんだよ、という旗を上げれば、よそが少しでも変わってもらえるんじゃないかという希望を持っています。まかり間違っても、従来の教育が間違っているとは思っていません。それはそれで、日本のスタイルで教育を受けて、その中で優秀な人材がしっかり育っていくという場も必要です。そこからこぼれかけている子達へのセイフティネットが、あまりにも少なすぎる事に対して、声を大にして言っていきたいと思っています。本校の教育方針から見た他校の教育を否定しませんし、本校の考え方も批判してほしくないと思っています。立花だからできるんですよねと言われてしまうのが一番悲しい事です。

生徒の約8割が不登校経験者で、その大半は「発達障がい」というカテゴリーの近所にいる子達ではなかろうかと感じます。

療育手帳を持って入学する子は約3割です。我々の経験値でいうと確実に6割超えるという感覚で見ています。

例えば、時間を守る事が苦手な子達が多いですね。何時に来ても「よう来たね」と言います。できていない所に目を向けるんじゃなくて、できている事に目を向けると、子供達との関係も変わり始めます。この子達が「来た」という事実を捉えていくと、じゃあ時間を守れないのはなぜか。実は、時計が読めない子達がいる事に気付き、デジタル時計なら理解できるので、各教室に普通の時計とデジタル時計を置きました。

真正面に置くと、彼らは、動く物が大好きなので、先生ではなく時計に集中します。センターは置かず、少しでも板書に集中できるように連絡黒板には、カーテンを降ろして、黒板に集中できるようにする。要するにユニバーサルデザインの考え方、発達障がいの子達が少しでも安心できる環境を整える事で、実は、全体にとって望ましい学習環境が手に入るのです。裏返して言うと、うちの生徒達に光を当てようと思い、一生懸命考えてやって来たんですけど、この子達が気付かさせてくれる事が社会の財産になると思っています。僕は、そこに価値観を見出しています。

ある時、地域のイベントでよさこいを踊りに行きました。差し入れにシュークリームを頂きました。その中の女子生徒が、僕に「校長ちゃん、テッシュペーパー持っとる?」と聞いてきたんです。「あるよ。何するとね?」「ウチ、これ弟に持って帰ってあげるけん」なんと心優しい子でしょうか。この子、両親がいないんですよね。ずっと施設で育ってる子で、弟を思いやる心で満ち溢れたとても素敵な女の子です。

僕は、泣きそうになりましたが、この子の前で泣いたらつまらんなと思ってテッシュペーパーを渡しました。そして、テッシュペーパーに包みよったです。その姿がいじらしくて、見ていられなくて「先生のあげるけん、あんた食べり」彼女は、「いいです。」と一度断ったんです。僕に初めて敬語を使いました。遠慮している証拠です。「なんよっとか。食べんか。」「いいと?」と言って一口かじって「あ~~、美味しい!!!」そう言って絶叫しました。「うち、シュークリーム初めて食べた!」17年間一度もシュークリームを食べた事がなかった子が、弟の為に持って帰ろうとしたんです。

帰りに彼女が、僕の車の助手席に座って弟に持って帰るシュークリームを膝の上に乗せていました。「優しかねぇ~」と声を掛けてあげたら「でもね、ウチね中学校で言われたったいね。優しいだけじゃ、社会に出ても通用せん。」皆さん、問題点がどこにあるかと言ったらそこにあると思うんです。こんなに心優しく育った子にこの先生は、何を言うんかと。「優しいだけじゃ通用せん」って全否定じゃないですか。なんで、この子のこの優しさをストレートに自信をつけてあげるような言葉をかけてくれないのか。その事を聞いた時に、怒りで震えました。「なん言うとや。それでいいとぜ」というと、その子がポロポロ泣いて「ウチ、社会に出るのが怖い」と言いました。「大丈夫よ、あんたのその優しさは、社会に出たらみんなが可愛いがってくれるけん。心配せんでよかよ」と言いました。この子達に合う求人を見つけて来るんじゃなくて、この子達に合わせてくれる会社を見つけてくればよかろうがと言っています。そんな求人票を出してくれるような会社を増やしていこうと。うちの生徒達は「校長ちゃん」と呼んでくれます。愛しくてたまりません。あんた達は、この愛しさを社会に伝える天使の役割。就職したら「社長ちゃん」と甘えていきなさいと。いろんな役割の子達が社会の中で自分の個性を発揮して社会を作っていくならば、「こうあらねばならない」という枠に入れない子達が、入れないなりにその子達の個性が活きる環境が社会にあれば、社会全体がもっと豊かになっていくんじゃないでしょうか。社会は、学校という団体で声を上げるにはあまりにも巨大過ぎます。でも、声を上げ続けないと何も変わりません。どんなにお母さん方が家庭でしっかり受け止めても学校が広くその子が受け止めても、社会が受け止めてくれなかったら意味がないんじゃないかな。今、変わるべきは、社会の発想そのものを変えていかなきゃいけないんじゃないかとチャレンジしています。

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